昭和40年10月03日 朝の御理解



 日本一といわれる富士の山が、ある日突然日本一になったというのではない。当時日本一といわれた大阪の玉水教会でも、自他共にそれを許しておった甘木の教会でも、ね。うちの親先生は日本一だと。うちの教会は日本一だと。まあ言うた時代があったんですけれども。それも、初めから日本一ではなかったということ。それには着々としてその日本一としての内容が、生まずたゆまず築かれておったということ。
 ある日突然椛目が日本一になると。そういうことはありえないです。ね。実に様々なところを通り抜けさせて貰うて、どのような場合でもどのような事柄でも、それを信心の根肥しとも、高められていくことのために、深められていくことのために、信心を披露していくことのために、それが凝視され、おかげを頂いていくところに、おかげの頂けれる土台というものが必要であるということです。ね。
 そこで思うのですけれども、どんなにそれが素晴らしい内容を持っておっても、例えていうなら紫檀、黒檀と言った様な立派なもので、まあ花台なら花台があると致しましょうかね。花の台があると致しましょうか。やっぱり是だけの広さ是だけの大きさがなからなければ、その花台としての値打ちがない。それは確かに紫檀ではあり、黒檀ではあり立派な素質を持っておっても、こんな小さいもんであっては役に立たない。
 まあ古いという事を持って、値打ちされておる骨董品でも同じである。ね。これはもう、何千年昔のものだと言うても、それが壊れておったり、用にそれが使うことが出来なかったら、それはもう、参考品としかならん。値打ちはないのである。何千年昔のものがそのまま姿を留めておる。ね。というような、そのものであって、骨董品の値打ちがあるようなものである。
 お互いが値打ちを持っておっても、例えば例えばですよ、椛目が如何に日本一的なそれを持っておっても、それがね大きいものでなかったり、それが用に立たなかったら、それは値打ちは無いということです。椛目の信心の例えていうなら真髄とでも言おうか。ま様々なそこによって信心の一つのご流儀がある。椛目の生き方こそこれは、何時の時代にでもマッチするというか、何時の時代にでも変わらないだろうと。
 不変のものであると、そういう一つの哲理をです土台にして、椛目の信心が出来ていきよると言うてもです、育っていきよると言うても、大きくなったときにそれが破損しておったり、それが立派なものであっても、それが小さかったりしたんでは、値打ちはないのである。まあ皆さん一流の、ま温泉ホテルなら、温泉ホテルに招待を受けておるとか、ま、一つ思うて見て御覧なさい。
 まあそら見事な、建物でも立派であると。部屋も立派であると。お風呂にも入った、部屋にも案内されておる。ところが何時まで待っても、お酒も出てこなければご飯も出てこない。それこそ命あってのものだねであり、腹が減っては戦が出来んのであり、どんなに素晴らしい、一流温泉ホテルに招待受けても、またそこへ行っておっても、どんな立派な部屋に、どんな金布にまかれて、休ませて貰う布団があっても、そこにお酒も出なければ、ご飯も出ないならばどういうことでしょうか。
 といってです。またご飯もでりゃ、酒も出るけれども、おしいなあここに見事な庭があったり、部屋がま少し立派であったり、するならまあだ良かけれどもと。やはりほんとにその辺がです。足ろうて行かなければ行けないということ。ね。立派な部屋に案内されて、良い温泉に浸らせて頂いて、良いお茶が出る。良いお酒が出る。そしてお食事させてもらうと。それでいて私は、本当の極楽と言うのじゃなかろうかと。
 そういうその足ろうて、あれもこれもが足ろうて、しかもそれが段々育っていっておると言う事。おかげを頂かねばいけません。それにはです矢張りもう日々がさらと。三代金光様が仰っておられます様に。自分の気分の良か時だけ神様に心を向けて、普通はしだごだにして、何とはなしに心が淋しゅうなったから、また信心を本気でやると、言った様な物ではなくて、そらどげな事でもあの信心させて頂きよってから、ね。
 本当にもう止めようかという、きつい時もあろうけれどもです。そこを辛抱し抜かせて頂いて始めて私は、本当の物が育って来るのじゃないだろうかと。いわゆる生まずたゆまずの稽古が出来てこそ、初めておかげが頂けるんだとこう思うのです。信心はもう何十年しておりますという、古いばかりが値打ちじゃないと言う事。と言うて人間的にです。ほんとに良いものを持って御座ると、それこそ紫檀、黒檀的な良いものを持っておってもそれが、用に立たないものがそれで出来て居った所で何にもならん。
 香炉の台に使うなら、香炉の台に使うだけの、やっぱ見かけも太さもいる。必要である。花台に使えばそれが、本当に花台に使うてそれに適するところの、花台にならなければつまらん。ね。大きいだけではそら立派であるだけでは、また古いというだけでは値打ちはない。富士の山が突然ある日日本一になったと。ある日突然そんなことは有ろう筈はないと。ね。椛目がある日突然日本一になるということはないです。
 そこにはほんとに例えて言うならば、そこの中心であるところの私、ね。それに如何にその、一つの末梢神経にいたるまでとでも申しましょうか。ほんとに今まで気が付かなかった、あんまり目立たなかった、けどもこういうところにも、こういう繋がりやら祈りやらがです有るんだと。それが一つの組織ともなってです。いよいよという時には一糸乱れず、それが活動が出来るというよなものがです。
 常日ごろ養われ鍛われしておかなければならない。もうご造営が始まってこの建築委員の方たちが、毎日三人二人多いときは四人も出られて一日奉仕をされます。昨日でしたか、昨日田中さん、久留米の田中さんに、それから矢次さんそれから佐田さん、それから総代の久富繁雄さん、あたりが担当で帰って見えてから、ここでお茶を頂きながらの話なんです。本当に私は有難いと思うことは、こう言う様な事が始められてから、こういう一つの御用の分担というのが出来たらです。
 それがもう、見事に椛目では出来ておるということです。椛目でさほどに何々という役をしておられるという訳でもないのに、まあいうならばあの人はよく朝の御祈念なんかには見えるけれど、月次祭なんかにはよう参ってあるが、どこの何さんじゃら分からなかった人達がです。その担当のときにあちらに御用に出らせて頂いてから、初めてそのどこの誰々さんということが分かり、信心内容も分かり信心の共励も出来る、本質の意味合いにおいても、繋がっていくことができる。
 いわばあちらの奉修、御祈念係としてです、それがその何とはなしに一つの、喜びとも楽しみともなっての御用が、こう続けられて行きよるということ。その事は御用その事は別に、どうせにゃならんということはないけれども、それをただ理屈だけで言うたらです。あの大の男が三人も四人も別になぁにもせんとに、ね。と言うて監督するだけのいわば、詳しい何も持たないのに、何にもならんといやあ、もう何にもならんのだけれども。そういうような、例えば働きがです。
 いつの間にか椛目になくてはならない、一つの人というか組織というか、そういう信心がいつの間にか、椛目的ものがです。椛目そのものが血に肉になって、愈々という時には、それが一つの末梢神経の働きをなすことの出来るです。いわゆる日本一的です。素養というか、ね。陣容というかそういうものが、段々着々として出来て行きよると言う事。それが有難いですねというて、そういう意味の話させて頂いたことです。
 これはお広前中心だけの事じゃありません。お互いの家族家庭においてもそうです。きのう夜の御祈念に善導寺の原さんが、お参りになってから色々お茶でも頂きながら、皆さん一緒に話しておった。この頃非常にこの主人の信心が進みますと。先日もお仕事させて頂きながら、こらもう時々人に嫌な思いをさせる事を言うたりしたりする性格だけれども、やっぱ時々そげな時があろうねと言うてから。
 そのご主人が奥さんに話された。ほんに以前なそう言う所があったけれど、最近なお父さん、ああたいっちょんそげんとがないですよと、言われて始めて気が付いたと。ね。主人の信心が進んで行きよるということがです。十五年前に椛目にご神縁を頂いてから、お育てを頂いて、夫婦のものがおかげ頂いていきよるうちに、夫婦だけではない、もう一人一人の子供達がです。
 一家を上げていざという時には、信心でそのいわゆる家庭的その問題でもです。それこそ例えば御用でもです。まあこうといえばこう、一つの末梢神経のその働きを家族中のものが、もうビリビリするほどに出来て行きよるということ。それが家族だけではなくて、親戚にまで、それが及んで行きよるということ。それにはです。やはりほんなら原さんが言っておられるように、俺はこの頃人にコリを積ませたり。
 人にいやな思いをさせる様な事がまあだあるだろうかと、自分は何時も反省しておられると。生まずたゆまずその事に取り組んでおられると。ね。ある日突然そう言う事が出来たというのじゃないのです。やっぱり十五年間という一つの、生まずたゆまずその事に取り組んでの稽古がなされて初めて。ほんにそげん言いなさりゃ私んとこは、この頃もう本当におかげ頂いておりなさるですばいと。
 言った様なものがです、出来てくるのです。椛目的一つの働きと言う事においても同じことが言えるのです。ね。そこで私共が日々、ほんなら信心をまあ生まずたゆまず、そういう信心をさせて頂くということ。今朝方私、その事を思わせて頂きましたら、榊の葉が少しこう曲がったようにもう、水から引き上げられておったというような榊にです。シデが付いておるけれども、シデが丁度下にようく玉串上げられるときに。
 あのシデがだらぁっとこう下がったなあり、玉串上げられる方があるですねえ。もうちょっと風でも吹いたなら、ぽっろっと落ちはせんかと言った様な感じなんですね。そう言う様な玉串と、片一方は生々とした榊にです、青々といた榊にです。シデがっとこう付いてそれが二本頂いておる。ははあ日々がさらだと。日々信心の稽古を本気でさせていただいて自分の心の中に、神様を身近に頂いて、瑞々しいまでの、ね
 。清々しい本気で今日も、この教えに取り組んでと言った様な、一つの意欲をもってです。ね。神様の前にそれが、日々が捧げられていくと言った様な信心がです。また続けられてこそ、初めて本当のおかげが、信心が育って行くとこう思うのです。毎日毎日お参りはしておるけれども、何時も枯れ上がらんばっかりの状態、葉がこうやって曲がっておる。シデのいわゆる紙ですねえ。あの紙がこうやって外れかかっておる。
 もうかろうじてその、榊に紙が繋がっておるといったような信心が、よし何十年続けれれたって、大したことないです。ね。古いだけが値打ちじゃない。古いそれが。形においてもそれが使用価値というものがあって、初めてなら骨董の値打ちがあるように、どんなにあの人は、立派なものを持ってござると。内容にそういうほんとに、良いものを持ってあるというだけではつまらん。ね。
 どんなに紫檀、黒檀で出来ておる、例えばそれが道具であってもです。ね。飾りのいわば、見本のようなものがこう小さく付いておったところで、何になるかと。なぁにも役に立ちはしません。それがそれとしての御用が出来るだけのことに、出来上がって始めて、それがおかげなんです。お互いがひとつ、信心の徳といったようなものがです。一遍にばたばたっと出来るようなものではない。さあ出来だしたらさあ、ばたばたでしょう。ね。けどそれまでにはです。
 それだけのいわば、目には見えないところのです。言うなら永年の信心辛抱がし抜かれて、しかもそれが生き生きと、しかもその事に取り組まれて、日々を神様を身近に頂かせてもらい。信心頂いておるということの、その喜びを感じられるような、毎日がいわば生まずたゆまず出来て初めて、おかげがいただけるのだと思うですね。どうぞ皆さんも。椛目に繋がるご信心椛目に繋がる一つの。
 家庭というものがです。そういう生き生きした信心を持って、自分につながり自分の家庭につながり、それが繰り返されていくところにです。椛目とともに信心が育っていく。椛目とともにいわば家庭の上においても大きくなって行くと。しかも大きくなればなるほど、大きく御用が出来て行くといったような家庭に、または銘々の信心が、そういうふうな意味で育っていかなければいけないと思うですね。
   どうぞ、おかげを頂きますように。